2023/07/20 14:42

本当に残酷な瞬間は、翌朝に起こった。

二人が眠りについたのは、夜明けを迎える午前4時頃だった。2回めの射精のあと、もう一度セックスしたのは覚えている。シャワーを浴びたあとで眠りにつこうとして別々のベッドに潜り込んだものの、どちらからともなく同じベッドで添い寝をしようと一緒になったのだ。はじめは手をつないでいるだけだったが、やがてはお互いの愛撫へと発展し、濃密なオーラルセックスを経て最後は騎乗位でフィニッシュしたのだった。

それから数分後には深い眠りについた中田だったが、隣のベッドに移ったリエは、熟睡できずにずっとまどろんでいた。
たまに意識が戻ると、いま自分がいるこの部屋、隣で寝ている中田、そして濃厚な“実技指導”を振り返ったときに、激しい自己嫌悪の念が襲ってくる。

リエは、県立高校を卒業後に美術大学に入学したが、わずか1年で中退している。19歳だったリエは、自分の進路も決まらないまま恋愛にどっぷり浸かった生活を送っていた。元々は、まじめすぎるくらいの潔癖症である。初の男性経験は、美大に入学して間もないころだった。同級生に誘われて行った六本木のクラブで知り合った外交官がその相手だ。西アフリカ出身のその男は、やがてタレントとして一躍有名になる人物で、きさくな性格と破天荒な日本語が特徴。そんな人柄なので外交官時代から人気者だった。

目鼻立ちがハッキリとしているリエは、六本木のクラブではひときわ際立つ。外国人が客の4割を占めるそのクラブでもっとも幅を利かせていたのは欧米人の男女で、これは六本木では当たり前の風景だ。外交官は、そんな場所にも臆せず入っていき、彼の職業柄でもあるトークと気さくな人柄で人脈を広げていった。リエと同級生がカウンターの椅子に座ってカクテルを飲んでいるとき、外交員は二人に近づいていって声をかけた。

「そのカクテル、美味しそうだな…なんていうお酒?」
リエは、外交官の目を見ながら“カシスオレンジです”と答えた。外交官は、バーカウンターでカシスオレンジを一杯頼むと、再び二人の元へと戻ってきた。

「カンパイしましょう!」
二人は、雰囲気に乗せられるように乾杯をした。それからは、外交官のたくみな話術にすっかり気を許した二人は、男に酒を奢ってもらいながらクラブでなごやかな時間を過ごした。場も盛り上がってきたところで、DJが「君の瞳に恋してる」をかけると、店内の酔客たちの盛り上がりはピークに達した。外交官は、リエの手をとってダンスフロアに誘うと一緒にダンスを踊った。

歌のサビ部分にある、"Oh Pretty Baby"のところで、おどけながらリエを指差して踊る外交官に、すこし好感を抱いたリエは3曲ほど一緒に踊った後にカウンターの方へ戻ると、少しつまらなそうな顔をした同級生が“電車が無くなるのでそろそろ帰りたい”と告げた。時計の針は夜の11時をまわっている。二人が帰りの支度をしているのを察した外交官は、すかさずリエの隣に寄り添って彼女の手を握った。そして、同級生に向かってこう言った。

「彼女は、僕がタクシーで送っていくから大丈夫!」
同級生は、まんざらでもない表情のリエの顔を見ると、“じゃあ、わたし先に帰るね”と言い残してクラブを後にした。

それから程なく、外交官は“お腹が空いたから何か食べに行こう”と言って、リエをインドレストランに連れて行った。はじめての六本木の夜に外国人男性に連れ出され、レストランで会話をしている…。そんな現実のなかで、リエは夢心地だった。男に心を奪われたのではなく、その雰囲気に酔いしれていたのだ。

本場のカレーとタンドリーチキン、それに芳香なワインの味も魅力的だった。深夜の食事でお腹が満たされた二人は、レストランを出ると六本木通りでタクシーをひろった。すでに地下鉄の終電は出発した後だった。リエは郊外の実家から美大に通う身だったが、家まで送ってくれるという話を信じてタクシーのなかで眠りについていた。

それから30分くらい経ったころ、タクシーは文京区の茗荷谷にある5階建てのマンション前で停まった。酔いと眠さで意識が朦朧としているリエをタクシーから降ろすと、男はリエを抱きかかえるように部屋へと導いて、そのままなかへと連れ込んだ。靴を脱がせて、しっかりと彼女を抱きかかえて寝室のベッドの上に寝かせると、自分はシャワーを浴びに浴室へと入っていった。

タクシーのなかで、リエは男が差し出した青い錠剤を勧められるがまま飲んだのだった。食後のエチケット用という話を信じてハルシオンを飲まされたのだ…。こうして、ほとんど意識がないまま、浴室から戻ってきた男に無理やり犯されたのだった。リエにとってはそれが初めての経験だった。